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東京高等裁判所 昭和35年(ツ)37号 判決

事実

被上告人(一審原告、二審被控訴人)石森せきは請求原因として、本件建物はもと、上告人の所有であつたが、訴外斎藤光夫が昭和二十七年八月八日上告人に対する滞納処分に基く公売によりその所有権を取得し、同年十月二十九日その旨の所有権移転登記を了したところ上告人は昭和二十八年十月二十四日右斎藤光夫から本件建物を買い戻して再びその所有権を取得した。ところで、訴外吹野厚は上告人に対し、昭和二十八年十月二十四日に金二万円、昭和三十年六月一日に金一万五千円をそれぞれ貸し付けたが、上告人は、昭和三十年六月一日、訴外吹野厚に対し、右合計金三万五千円を同年同月末日までに返済することを約するとともに、もし右期限に返済しないときは、代物弁済として本件建物の所有権を同訴外人に移転する旨の予約をした。しかし、上告人はその支払をしなかつたので、右吹野厚は、昭和三十一年五月十日頃上告人に対し予約完結の意思表示をし、同日頃本件建物の所有権を取得した。次いで、被上告人は、同年同月十四日右吹野厚から、本件建物を金三万五千円で買受けてその所有権を取得し、同日中間を省略して前記斎藤光夫から直接被上告人名義に所有権移転登記を受けた。しかるに上告人は被上告人に対抗できる正権原がないにもかかわらず本件建物を占有しているから、被上告人は上告人に対し、所有権に基いて本件建物の明渡を求める、と主張した。

上告人矢沢清は抗弁として、仮りに被上告人主張のように代物弁済の予約がなされたとしても、本件建物の敷地の所有権は上告人にあつたから、吹野厚は予約完結の意思表示によつて本件建物の所有権を取得すると同時にその敷地の借地権をも取得することとなるが、右敷地は十坪の広さがあり、代物弁済の予約がなされた当時における本件建物の所有権の価格と敷地の借地権設定の対価との合算は金五十万円を下らないのであつて、上告人は、僅か金三万五千円の債務のために金五十万円の価格がある物件を代物弁済の目的とすることを予約したものであり、しかも、それは、上告人の無思慮窮迫に乗じてなされたものであるから、公序良俗に反し無効である。よつて吹野厚は本件建物の所有権を取得せず同人から本件建物を買い受けたという被上告人もその所有権を取得するに由ない、と主張して争つた。

理由

原審の認定した事実によれば、上告人は昭和三十年六月一日訴外吹野厚から金三万五千円を借り受け、同時に同月末日までにその弁済をしないときは代物弁済として本件建物の所有権を同訴外人に移転する旨の代物弁済の予約をしたものであることを首肯することができる。

上告人は、右代物弁済の予約は公序良俗に反し無効であると主張するけれども、思うに、家屋が代物弁済の目的とされている場合に、その敷地の借地権までが当然に代物弁済の目的となるものでないことはいうまでもない。建物所有者はその敷地の所有者であるとは限らず、その賃借権者、又は地上権者(稀には使用貸借権者)等である場合もあろうが、敷地の権利まで代物弁済の目的に加えること又はこれを加えないことが明示されている場合(例えば家屋を取毀材料として提供する趣旨の明瞭な場合)などはもちろんこれに従うのであるが、通例存立を前提としてなされる建物代物弁済の場合は、債権者が代物弁済によつて目的建物の所有権を取得した場合債務者は債権者が右建物を所有することによつてその敷地を占有、使用することを拒否し得なくなるであろう。しかし、その占有使用する法律関係は債務者が敷地の所有者である場合は有償又は無償で(賃料、権利金を取りきめる場合もあり、そうでない場合もあろう)借地権を設定することになろうし、債務者が敷地の借地権者である場合はこれを譲渡又は転貸することもあろう(これについても時に有償、時に無償の場合があり得る。)。そればかりではなく、地主が右譲渡又は転貸を承諾せず、契約を解除してその借地権を消滅させることも屡々見られる事例である。要するに、建物の所有権が移転した場合、その敷地の占有、使用に関する法律関係は千差万別である。しかも、もともと建物を代物弁済に供してもその敷地に対する借地権が当然に代物弁済の目的物となるのではないのだから、建物の代物弁済契約によつて建物とその敷地の権利関係を移転させる効果が生ずるものではない。右目的建物の所有権が債権者に移る場合、通例債権者が敷地を使用し得ることになるとしても、その敷地の法律関係は建物代物弁済契約とは別個のものと解する外はない。そして、敷地を占有使用する関係が前示のように千差万別である以上、債務者は代物弁済から派生した別個の法律関係として債権者に払わせるべきものは払わせ、取るべきものをとればよいのである。

以上のとおりであるから、代物弁済の目的建物の時価と債務額とを比較して代物弁済契約が公序良俗に反するかどうかを考慮するに当つては建物自体の時価を基準とすべく、その敷地の借地権の価格はこれを合算しないで、別個の法律関係として解決すべきこととなるのである。

よつて右と同趣旨に出でた原判決は正当であり、本件上告は理由がない。

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